高松高等裁判所 昭和47年(ネ)85号 判決 1973年4月27日
主文
一 控訴人の控訴を棄却する。
(但し、原判決の主文第一項は、請求の減縮により、「被告(控訴人)は原告(被控訴人)に対し、金五八万三、六四六円およびこれに対する昭和四六年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」と改められた。)
二 控訴人は被控訴人に対し、金九万〇、七〇五円およびこれに対する昭和四六年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴費用は控訴人の負担とする。
四 この判決は第二、第三項に限り仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。」との判決および被控訴人の追加請求につき「被控訴人の請求を棄却する。」との判決ならびに「訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
被控訴代理人は、「控訴人の控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、当審において請求を減縮して「控訴人は被控訴人に対し金七六万八、六四六円およびこれに対する昭和四六年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」と請求の趣旨を改め、新たに請求を追加し「控訴人は被控訴人に対し、金九万〇、七〇五円およびこれに対する昭和四六年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の提出、援用、認否の関係は後記の外は原判決の事実摘示と同じであるからこれを引用する。
被控訴代理人は、請求を減縮した理由として、「被控訴人は本件交通事故(被控訴人が昭和四五年五月一六日宇和島市元結掛一七〇番地先市道を自転車に乗つて通行中、控訴人の運転する自動車が被控訴人の近傍を通過し、その追越に起因して被控訴人が転倒し仙骨関節打撲傷、頸椎捻挫症、頸部神経根症状等の傷害を受けた事故)による負傷につき強制保険(自動車損害賠償責任保険)金として五〇万円の給付を受けたのでこれを従来の請求額から控除する。」と述べ、さらに新たに追加した請求の原因として、「被控訴人は本件交通事故による負傷のため加藤整形外科病院において治療し、従来請求していた分の外にも、昭和四五年一〇月一五日から昭和四六年一月三一日までの治療費として九万〇、七〇五円を支出し、同額の損害を受けたので、自動車損害賠償保障法三条によりその損害の賠償とこれに対する弁済期後の昭和四六年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、控訴人の後記主張を争い、「仮りに被控訴人に過失があつても過失相殺を行なうのは相当でない。」と答えた。
控訴代理人は、被控訴人の前記、新たに追加した請求の原因に対し、「治療費の額は知らない。」と答え、被控訴人の強制保険金受領の事実を認め、次のとおり主張した。
一 控訴人には本件交通事故について過失がなく、また控訴人が本件交通事故の際運行の用に供していた自動車に構造上、機能上の欠陥はなかつた。本件交通事故は次のように、被控訴人の一方的な過失に起因した被控訴人の自傷行為である。
すなわち、本件交通事故の起つた場所は交通ひんぱんなところで、追越しもしばしば行なわれている道路であり、被控訴人は子供を背負つて自転車に乗つていたとはいえ、不安定な挙動は見られなかつた。控訴人はこのような状況のもとで被控訴人の自転車から一メートルの間隔をおき、かつ速度を毎時一五キロメートルに減速して通過したのであつて、このような場合、一般的に自動車の通過による心理的動揺や風圧等により自転車に乗つている者を転倒させるにいたる危険があると予測することはできない。
本件交通事故はむしろ、交通ひんぱんな道路において被控訴人が子供を背負つて自転車に乗り、道路の反対側にいる者に話しかけるなどの不注意な乗り方をし、自転車操作の平衡を失なつて転倒し、負傷したものというべきである。
二 仮りに、控訴人に過失があつたとしても、被控訴人にも前記のような過失があるから、損害賠償の額を定めるのについて被控訴人の過失を斟酌すべきである。
三 主婦の家事労働は無償の行為であるから、被控訴人が主婦として家事労働に従事できないために家政婦その他の代替者を雇つてその対価を出捐したというような特段の事情がない本件においては、被控訴人の家事労働についての逸失利益を算定すべきではない。〔証拠関係略〕
理由
一 被控訴人が本件交通事故により負傷し、これが控訴人の自動車運行と相当の因果関係にある負傷であつて、控訴人は特段の事情がない限り、自動車損害賠償保障法三条により被控訴人に対し、右の負傷にともなう損害を賠償すべき義務があることは原判決の判断と同じであるから、原判決の理由一ないし三の記載を引用する。
二 控訴人は、自動車の運行につき自己に過失がなく、かつ自動車の構造、機能に欠陥がなく、本件交通事故がもつぱら被控訴人の過失にもとづいて生じたと主張し、右法条の損害賠償義務を争つているけれども、本件交通事故発生の経過(引用にかかる原判決理由二の記載)から判断して、控訴人には自転車に乗り通行していた被控訴人の近傍を追い越すに当つて、警音器を吹鳴して注意を喚起する義務があり、それをしていれば本件交通事故は防止できたと考えられるのであり、その義務を尽さなかつた点において、控訴人に自動車運行上の過失がなかつたとはいえないし、なお自動車の構造、機能に欠陥がなかつたとの点についてはこれを認めるのに足りる証拠はない。
したがつて、控訴人の右主張は理由がなく、控訴人の賠償責任を否定することはできない。
三 次に損害の額について検討するのに、被控訴人が前記負傷およびこれに付随して生じた症状の治療のため、原審で請求していた分の三四万八、六四六円の治療費を負担し、同額の損害を受けたと認められること、また負傷後、入院加療期間の全部および通院加療期間の一部において、前記負傷にともなう身体的、精神的な障碍により被控訴人主張のように通じて少くとも六・七五箇月間にわたり、ほとんど家事労働に従事できず、そのことにより当時の宇和島市地域における家事代替労働者の平均賃金の最低額である月額二万円の割合により、合計一三万五、〇〇〇円相当の損害を受けたこと、精神的損害については、被控訴人の負傷の経過、負傷の部位、程度、加療の期間、被控訴人の家庭内における地位等の事情に照し、被控訴人の蒙つた精神的損害は六〇万円に見積るのが相当であることは、いずれも原判決の判断と同じであるから原判決の理由四の記載を引用する。
次に〔証拠略〕によると、被控訴人は前記治療費(原審において請求していた分)の外にも昭和四五年一〇月一五日から昭和四六年一月三一日までの間、九三日間の入院加療を含む一〇五日間にわたり前記負傷の治療をし、その治療費として九万〇、七〇五円の支払をしたことが認められ、この認定に反する証拠はないから、前記負傷により同額の損害(当審で請求を追加した分)をも蒙つたものというべきである。
控訴人は、被控訴人の家事労働に従事できなくなつたことによる損害につき、主婦の家事労働に従事できないことによる逸失利益を算定すべきではないとして、損害の発生を争うけれども、主婦の家事労働は家庭生活の中では無償の労働として対価が支払われることがないにしても、有用な労働であつて、財産的な価値をもつものであることは否定できない。
単に主婦が稼働能力をもつていたというのに止まらず、現に家事労働に従事していた場合に、事故が原因して家事労働に従事することができなくなつたとすれば、そこに財産的価値の減少があると考えるのに不思議はなく、もし価値評価の方法があれば財産的な価値の減少を金額的に評価してこれを事故による損害と認めるべきものと思われる。
そして、主婦の家事労働について、その財産的価値を評価する方法としては、同種の労働に従事する有償労働者として家政婦等の家事代替労働者があるので、その平均賃金を一つの参考として、金額的に見積り評価することも合理的な評価方法の一つであると解される。
本件において、被控訴人の家事労働を、家政婦よりも賃金の低い家事手伝者の平均賃金を参考とし、しかもその最低賃金と同額の月額二万円と評価し、家事労働に従事できなくなつたことにより少くとも同額の損害を受けたとすることは合理的な方法による妥当な評価であると認めることができる。
四 控訴人は被害者である被控訴人にも過失があつたとし、損害賠償額の算定につき過失相殺の主張をしているけれども、本件交通事故発生の経過(引用にかかる原判決の理由二記載)に照し、被控訴人には、損害賠償額の算定について被害者の過失として考慮すべきほどのものはないと考えられるので、控訴人の右主張は採用できない。
五 したがつて、控訴人は被控訴人に対し、自動車損害賠償保障法三条により本件交通事故により被控訴人が受けた損害を賠償する義務があり、被控訴人の請求は、原審において請求していた分の損害額である一〇八万三、六四六円から被控訴人が強制保険により保険金五〇万円の支払を受け(この点当事者間に争いがない)、請求を減縮した分を差し引いた五八万三、六四六円および当審において新たに請求を追加した分の損害九万〇、七〇五円とこれらの金員に対する弁済期後の昭和四六年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり認容すべきであるがその余は理由がなく棄却すべきである。
したがつて、原判決は右の結論と同旨(但し、原判決の主文第一項は、前記強制保険金受給分の五〇万円について請求が減縮されたのにともない、この判決の主文第一項但書のとおり改められた。)に出たもので相当であり、本件控訴は理由がないので民事訴訟法三八四条一項によりこれを棄却し、当審で追加された請求を全部認容し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 合田得太郎 伊藤豊治 石田眞)